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2014年11月 8日 (土)

坂東三十三観音巡礼歩き旅 第18回(葛生-文挟 44km)

 坂東三十三観音巡礼歩き旅、第18回目。今回は、

・第十七番札所 出流山 満願寺

を巡りました。

※札所の写真は「坂東三十三観音巡礼歩き旅 その11」 (帰ってきた! 二ッ目日記)にて公開しています。Facebookアカウントをお持ちの方は、是非「いいね!」もお願いします。

D2014110801 相模大野発4時53分の始発電車に乗り、代々木上原、北千住、館林と乗り換えて、スタート地点の葛生に8時20分到着。天気は当初の予報より悪化して、南関東では夕方から雨……北関東は夜までなんとかもつらしいです。
 葛生の町を抜け、しばらくすると登り坂の始まり。今日の行程前半はアップダウンが多いのです。
 坂の途中には採石場が沢山、いや採石場の中を歩いている感じ……それもそのはず、葛生は石灰で栄えた町なです。
 ところで私、採石場を見ると、かつて国語の教科書で読んだ葉山嘉樹の「セメント樽の中の手紙」に出てくる、恋人が破砕機の中に嵌り、砕かれて赤い細石が出てくる一節を思い出し、50歳を過ぎた今でも背中の辺りがゾワゾワするのです。背中がゾワゾワしながらも無事、満願寺に到着しました。葛生の駅からは2時間ちょっとでした。

■第十七番札所 出流山 満願寺
 現在は奥の院となっている、出流山中腹にある岩窟にできた、高さ3メートルの鍾乳石(石筍)の姿を、西方浄土へ向う十一面観音の後姿に見立てて崇めたのことが満願寺の由来です。創立は1200年以前。その後、弘法大師が今の本堂と御本尊を造ったとされています。
 御本尊は千手観世音菩薩です。
 本堂から奥の院へ向かう道には、歴代住職の墓所、大師堂、女人堂、大悲の滝などがあります。十一面観音後姿のある岩窟には、舞台造りの礼堂が設けられており、誰でもお詣りすることができます。

D2014110802 さて、出流といえば「出流そば」。お詣りを済ませて、門前のそば屋さんで昼食。残りの行程がかなりあるので、今回も般若湯はお預け(>_<)

 出流から鹿沼方面に向うには寺坂峠、大越路峠と二つの峠を越えないといけません。幸いにも大越路峠には10年ほど前にトンネルが開通し、峠越えが非常に楽チンになりました。
 二つの峠を越えてしまえば、後はゴールまで平坦な道が続きます。とかいいつつ、今日のゴールを何処にするか、実はまだ決めてない。候補は、東武日光線の新鹿沼か? JR日光線の鹿沼か?
 結局、もう少し無理をして、新鹿沼の10キロ程先のJR日光線、文挟まで進んでしまう事にしました。道は日光例幣使街道……五街道の日光街道とは別に、朝廷から東照宮に向かう勅使のために作られた道です。今でも道端の杉並木が残っています。
 でも、この杉並木を残しているために道幅が狭く、歩行者には優しくないです。しかも街灯無し、曇りなので月明かりも無し。対向車が来ると、ライトが眩しくて何も見えない、その後は目が眩むのでもっと見えない。ほとんど目を瞑ったまま歩いたような数キロ、怖いの怖くないのって……どっちだよ! 前回、濃霧にまいってヘッドランプを装備に加えよう、と思いつつも持ってこなかった事を悔やんだけど、後の祭りです。
 文挟駅の看板が見えたときには、マジで涙が出ました。無事に駅までたどり着いたのは、もちろん観音様のお陰です(^^ゞ

Bando17

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