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2015年1月10日 (土)

坂東三十三観音巡礼歩き旅 第21回(日光-宇都宮 41km)

 坂東三十三観音巡礼歩き旅、第21回目。今回は、

・第十九番札所 天開山 大谷寺

を巡りました。

※札所の写真は「坂東三十三観音巡礼歩き旅 その13」 (帰ってきた! 二ッ目日記)にて公開しています。Facebookアカウントをお持ちの方は、是非「いいね!」もお願いします。

 昨年11月に日光中禅寺にお参りした後、12月は週末の予定が多く……さらに冬前に日光いろは坂を通過したい、という当面の目標を達成した事によるちょっとした燃え尽き感もあり、1月半のブランク。年が明けたので気分も新たに歩き旅再開です。

D2015011001 毎度おなじみ相模大野発4時53分の準急新宿行き、今年もお世話になります。
 北千住で乗換えた東武日光へ向う快速は、11月とは異なりかなり空いていました。やはり紅葉の時期とは違うのだ。前々回、混雑のため断念した東照宮参拝、今日はチャンスかも……でも今日は方向が逆、残念。

 日光に来る時は、日光例幣使街道の狭さに苦労したので、今度は今市の追分で日光街道へ道を取ります。しかし道の幅、両側に杉並木が温存されている事など、例幣使街道と歩き難さはほとんど変わりがありません。杉並木の土手の上が遊歩道になってる所が少し多いくらい。
 天気予報では、関東南部は晴れ、北部山沿いは曇り時々雪。ここはもちろん後者なので今にも降り出しそうな雲、気温も低く手袋をしていても指先が痛いくらいです。でも、昼が近づくにつれ、青空が戻り気温も上がってきたので助かりました。

D2015011002 この日光街道を真っ直ぐ行けば、今日のゴール予定地、宇都宮。でもその前に大谷町に行かなければ……「徳次郎」なる、人名の様な交差点で右折、日光街道とはここでお別れです。
 後で調べたところ、地名の由来はいくつかあり、その一つは……戦国時代に宇都宮氏の家臣である新田徳次郎が城を築いたから、というもの。やっぱり人の名前!?

 大谷町はいわずと知れた大谷石の産地です。近づくと岩山がいくつも見え、広々とした関東平野北部の景色が一変します。普通の住宅の裏が岩山だったり、更にそれをくり抜いたガレージがあったり。写真のモチーフとしても非常にオモシロイ、今度ゆっくり撮影に来たいです。

■第十九番札所 天開山 大谷寺
 御本尊は、千手観世音菩薩です。洞穴の壁に石心塑像という技法で浮き彫り(?)にされています。弘法大師の手によるとも、化人(菩薩が人の姿で現世に現れたもの)ともいわれています。観音像の他に釈迦三尊像、薬師三尊像、阿弥陀三尊像も彫られており、非常に幻想的な空間でした。そもそも、本堂が洞穴の中に作られていること自体が幻想的ですが……
D2015011003 また洞穴からは、縄文時代初期の遺跡が見つかっており、屈葬された人骨や土器などが出土しています。宝物館に展示されていますので、一見の価値ありです。

 大谷町にはもう一つの観音様が……大谷石採掘場跡に、昭和23年(1948年)から6年に亘って総手彫りで彫られた像高88尺8寸8分(26.93m)の大谷平和観音(右の写真)。こちらも一見の価値があります。

D2015011004 さて、お参りを済ませて我が頭の中は、宇都宮餃子でイッパイ(^^ゞ 夕暮れが迫り再び寒さが厳しくなる中、宇都宮への道を急ぐのでした(^^) 実は宇都宮餃子は初体験、事前調査はしていないので駅近の一軒に入り、生ビール、焼き餃子、揚げ餃子……美味しかった。

Bando19


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