坂東三十三観音巡礼歩き旅 第32回(つつじヶ丘-土浦 25km)
坂東三十三観音巡礼歩き旅、第32回目。今回は、
・第二十六番札所 南明山 清瀧寺
を巡りました。
※お寺の写真は「坂東三十三観音巡礼歩き旅 その19」 (帰ってきた! 二ッ目日記)にて公開しています。
つくば駅を8時に出発するバス(筑波山シャトルバスというらしい)で、筑波山へ。バス乗り場では、バス到着前から行列が……前回は空いていたのに、紅葉の季節になったからか? バスは通路もぎゅうぎゅう状態、運良く最後の1席に座れたのでラッキーです。終点のつつじヶ丘に予定通り、8時50分に到着。
まずは表筑波スカイラインの下り。歩いてみて気が付いたけど、表筑波スカイラインって“走り屋”さん達が多い。なんで走り屋と分かるのかって? 乗ってる車がスカイラインGTR(ケン・メリの頃のネ)とか、トレノとかマニア好み(?)。何度も往復してるみたい。地元ナンバーだけじゃなくて、相模ナンバーもいる……箱根がアレだから??
走り屋さんには走り易いのかも知れないけど、“歩き屋”には歩き難い。歩道無し、居眠りによる脱輪防止のためか路側帯の白線がデコボコ、場所によっては道路自体が波打ってる(これはスピード出し過ぎ防止)。そして最大の難点は……コンビニがない! 水は十分持ってるけど、食料は行動食程度しか持ってない。仕方がないので、道端のアケビがおやつ代わり(^◇^;)
目的の清瀧寺まで素直に車道を歩くと、遠回りになるのでため、スカイラインから離れて小野越峠を下ります。短距離でも完全な山道……ヘタヘタになった靴を買い換えといて、ホントに良かった(^^)
下った先は大字小野、小野小町の終焉の地(墓所もある)とされています。あっ、下ってきた峠の名前も、小野小町由来ですね。もっとも小野小町に縁のある土地(生誕の地とか、終焉の地とか)は日本中にたくさんあって、どれが真実やら……弘法大師にはかなわないかもしれないが(^◇^;)
■第二十六番札所 南明山 清瀧寺
清瀧寺の創建は607年。聖徳太子が彫った聖観世音菩薩像を奉ったとされています。
明治維新後の神仏分離令、戦後の農地解放で寺領を奪われ、法燈が消えかかる危機に瀕しましたが、地元集落に住む人々の努力で守り続けられてきました。現在でもお寺の管理や運営は地元の方の手で行われ、御朱印は地元老人会の方が書いてくださいます。
御本尊は聖観世音菩薩で、戦後に起こった火事で焼失した後、1977年に新たに奉られたものです。また同じ火事で本堂も焼失しており、現在は鉄筋コンクリート製で再建されています。長い石段の下に、天保年間に建てられた仁王門が残っており、辛うじて当時をしのぶことが出来ます。
お参りが済んだのがちょうど12時。あとは土浦まで10kmちょっと歩くだけ、どこかでゆっくり昼食を、と思ったのにお店がない。「手打ち蕎麦」の看板は何回か見つけたけど、申し合わせたように、第2土曜日定休(>_<)。仕方なく今回もコンビニおにぎりの昼食。
楽に歩ける距離……のはずが、なんとなく脚が重い。表筑波スカイラインが歩き難かったかったから? 今朝履き下ろした靴がまだ足に馴染んでないから? お蕎麦が食べられずガッカリしたから? アケビの祟り? 理由は分からないけど、ペースが上がらない。
予定より30分以上時間をかけて、土浦でゴール。水戸街道の宿場町、土浦の町並みを見て回ろうと思ってたけど、今回はお預け。
さて今回で、茨城県の札所を巡り終えました。残すは千葉県の七ヶ寺のみとなりました。でも……千葉は広いぞ~
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